死んでも楽になれないと知った。生きるのに疲れた私とリセットボタン

死んだら楽?

朝が待っている…今日という日はもう終わり、明日がまた来る。

本当に死んだら楽になるのかな?…

次の日の朝を感じ始めると、このまま生き続ける…ということに、なぜかリセットしたくなる…

このまま次の日が来なければいいのにって。

結局、朝を迎え、午前中なんとか耐える。

午後には少し楽なる。

でも、夕方…夜、明日を感じはじめる…必ず来る朝を。

疲れ切った…そんな毎日…

リセットボタンを…今にも押してしまいそう。

今は、コロナウィルスも広がっていて…

でも、そもそも、本当に死んだら楽になるんですかね……

You 死なない女ょ
You

今日の質問は…死んだら楽になるのか?です。

一緒に生きるんジャー
Sumairu

いい質問です(^^)

たくさんの人が、楽になると思っているようですね…

You
You

なんとなく死んでも楽にならない…
わかっているんですが…

死んだら楽になると思ってしまうとき

水がブクブクしてる画像

正直、私は、“死んだら楽になる”…本当にそうは思ってはいないのかもしれません。

でも…

疲れきって…“死んだら楽になる”ボタンを探す

“死んでも楽にならない”…たぶん…そうだと思います。

でも、生きていることに疲れて…

「じゃあ…死んだ方が楽かな」って、思ってるだけかもしれません。

でも、明日、これからの未来のことを考えると、もう疲れきって…

死んだら楽になるかもしれない…そんなボタンを

「もうリセットしたい」

そんなふうに思って…

夜な夜な…探してしまうんです。

夜になると…“死んだら楽”が強くなる

私は、フェレットを飼っています。

もうすぐ5年になりますが、飼っていなかった頃は、ひとりぼっちを感じてしまって…。

でも、最近は少し違くて。

大好きなフェレットがいなくなったら…

またひとりぼっちになったら…

そばにいてくれる人もいない…

不安な明日を考えると、未来を想像することにも疲れてしまいます。

とにかく、夜になると…次の日が来ないことを祈って…

生きていたくない…

すべて投げ出して、死んだ方が楽になると強く思ってしまいます。

電車や階段で…“死んだら楽になる”との葛藤

特に朝、すべて投げ出したくなってしまいます。

たとえば、電車とか階段とか…「飛び込んだら」「ここから落ちたら」って考えてしまうことがあります。

でも、こわくて…本気でやろうって思ったことはありません。

ただなんとなく思考がそっちにいってしまう…そんな感覚です。

“死んだら楽になる”…そんな思いとの葛藤です。

お金もない…困るくらいなら死んだ方が楽な気がする

お金があるない…それも大きく影響してくる気もします

会社員で普通に働いていたとしても、大企業とか…そういうところならわかりませんが、
ふつうの中小企業だったら、そこまで多くのお給料じゃないと思うんです。

実際私は、生活していける程度…もしくは、そのギリギリくらいです。

少し休みたい…そう思っても働かなきゃいけない…。

そんなとき、生きていけばいくほど、お金も含めて、困っていくことしか考えられないんです。

どうせ困るなら…

困るくらいの未来なら…

死んだ方が楽なんじゃないかって。

過去を思い出すと、生きるより死んだ方が楽に感じる

ふと、過去を思い出すときがあります。

ほとんどが、つらく苦しい記憶です。

小さい頃から、今に至るまで、環境が変わっても、きかっけがあったとしても…

何も変わらない…それどころか、さらに、苦しみの迷路のような中に、どんどん入っていってしまいます。

もう何も変わらない…と。

過去があるから、だからこそ、未来も想像ついちゃうんです。

これ以上は…生きていくことそのもの…にもう疲れました。

疲れきって…死んだ方が楽に決まってるって思ってしまいます。

死んだら楽になると思ってしまう理由

今にも綿が飛んでいきそうなわたげ

“死んだら楽になる”…そう思ってはいないのに、でも、やっぱり思ってしまうのは、いったいなぜなんでしょうか?

それは、私の場合…

  • 生きる意味がわからない
  • 死んだらそこで“私”は終わる
  • 今死んでも後で死んでも、どちらにしても死ぬことに変わりない

って思ってるからです。

生きる意味が分からない

死ぬことよりも生きることの方がつらい…もう疲れたんです。

本当はもう知っているはずなのに…生きる意味がわからない

これが私にとって一番の理由です。

色んなことがありました…。

  • ストーカー
  • 上京して孤独
  • 大好きだった父親の突然の他界

簡単に大きなものをあげてみましたが…きりがありません。

とにかく、生きてることが苦しくて、意味も分かりません。

その状況から抜け出す手段もわからないし、生きていけばいくほど…

生きるということに疲れてしまうんです。

死んだらそこで“私”は終わる

死んだ後って、どうなるのか…正直、全くわかりません。

だから、勝手に想像してしまいます。

私は、死んだらもうそこで終わるというか…無になるんじゃないかなって。

死後の世界とか、想像がつかないし…。

だから、ゲームみたいに、リセットしたら「今までが…はい終わり!」みたいな感じなのかなって思ってます。

今でも後でも、どちらにしても死ぬことに変わりはない

そもそも“死に向かって生きてる”っていうのが、私の中に強くあるんです。

「どうせ死ぬのに…」みたいに思うことがすごくあって。

今死んでも、その後に病気とか寿命とか…そういうので死んだとしても、どうせ死ぬなら変わらないんじゃないかな…というか。

生きてても、どうせ死ぬなら…「すぐに終わらせても…」「早く終わってほしい…」そう思ってしまうんです

You 死なない女ょ
You

“死んだら楽になる”…いけないってわかってても
そう思ってしまうんです…。リセットボタン…

死んでも楽にならない…リセットボタンはなかった

リセットボタンの画像

一緒に生きるんジャー
Sumairu

人生のリセットボタンは…

押しても楽にはならないんです。

今までも…

生きていることが…

生きているからこそ…

過去ー現在ー未来…どんなときも、つらくて苦しかったら…

どこからか、もう前に進むことができなくなってしまうときって来ますよね。

死んだら楽になる…なんて、本音では思っていなくても。

その現実をリセットしたくなる…。

ゲームのように“死んだら楽”…リセットしたい

私もよく考えましたし…今でも、ときおり思います。

私の場合は、昔の話ですが…

どちらかというと「もうどうなってもいい!」って、やけになることの方が多かったんです。

もしかしたら、世の中の多くの人が、「リセットできたらいいのに…」と、一度は思ったことがあるのかもしれません。

何をやってもうまくいきません。

疲れきって、楽になりたい…。

「今のつらさから解放されたい…リセットしたい」

「このままずっと、つらいことが続くのなら…リセットしたい」

「リセットして、もう一回やり直したい」

と、“死んだら楽になる”…「死んだ方がマシだ!」と、思ってしまう時期がありました。

実際に、ゲームをよく、リセットしては、やり直していたんですが…

でも、人生は、ゲームのようには…そうもいかないみたいです。

  • リセットのように、その瞬間で終わりではない
  • リセットのように、ゼロからやり直せない

死ぬ…ということと、リセット…

イコールではなかったんですね。

“死んだら楽?”…リセットのようにはならない

“死んだら楽になる”…ということ。

もしかしたら、本気で、死んだら楽になる…そう思っている人は案外少ないのかもしれません。

生きていること…そこに目を向けたとき…そのつらい苦しさ、大変さ…その違いや度合いで、湧き上がってしまうものなのかもしれません。

私みたいに…

でも、実際、その道理からよく考えてみると、やっぱり、死んでも楽にはならないんですよね…

“過去ー現在ー未来”…というのは、もちろん、連鎖しながら続いている…からなんです。

まず、現在ということについてですが、私たちの今、現在というのは、過去によってあります。

いきなり、何もない状態から、ポンって、現れた…という人は、ひとりもいないと思うんです。

過去によって、今という現在が存在している…

過去の延長線上にしか、今…現在はありません。

では、過去の反対…未来ということについては…

未来というものも、また、過去の延長であり、今…その現在の延長線上にしかありません。

過去によって存在している今…

その現在の一瞬一瞬は過ぎ去ってしまった過去である…

同時に、その一瞬一瞬の積み重ねが未来ということに繋がっていく…“過去ー現在ー未来”は、連鎖して続いているんです。

そう考えたとき、過去から、今現在も含めて、つらい…と思って苦しんでいたとしたら、その延長線上の未来も、また苦しい…ということになってしまいます。

死…というものは、ゲームのような“リセット”というものでなく、そのときまでの過去から現在が、何もなかったことになって、ゼロになる…ということには、残念ながら…ならないんです。

死んでも楽になれないんです。

死んでも楽にならないけど未来は楽にできる

リセットできない…

リセットボタンがない…

でも、そうした過去ー現在ー未来…ということから見ていくと、逆に安心することができるようになります。

なぜなら、今…その現在によって未来が変わるからです。

一番大切なのは…やっぱり…“現在”です。

今、こうしている一瞬一瞬が現実で現在です。

むしろ、一瞬一瞬にしか、その現実というのは存在しません。

確かに、今の現在を作ったのは過去ですし、過去は変えられません。

でも、今…この一瞬一瞬は…この現実の瞬間は、誰でも…どんな人でも、変えることができるんです。

“過去の延長線上が今であること”…そして、“未来は今の現在がつくる”…

ほんの少しでも大丈夫なんです!

今のこの瞬間から、未来をつくっていきましょう(^^)

つらくて苦しいことは、過去のことかもしれません。

今という現在に目を向けて…

その一瞬一瞬の現実に、未来を変えるもの…一緒に見つけていきましょう!

まとめ

コスモスの花

“死んだら楽”って、誰でも一度は考えたことがあるんじゃないかと思います。

だから、「一日100人」もの人が自ら命を絶ってしまうのかもしれません。

「一日100人」って、きいたことがあったけど、実際にデータを見て、去年(令和元年)で20,000人以上の人が亡くなっていて…「年々数は減っています」と言われても、「そうなんだ、よかった!」と簡単には思えません。

以前の私は、よく“死んだら楽なのに”って思っていました。

でも、死んでも楽にならない…リセットはできない…そう知って、「じゃあ生きなきゃない」って、
単純ですが、思ったんです。

義務感にも似たものだったけど…でも、そうやって生きていく中で、「絶対ない」って思っていた“信じられる人に出会う”こともできたし、今では楽しいなって思うことも少しずつだけど増えてきました。

終わらせたい、もうつらい思いはしたくない…そんな気持ちばかりだったけど、少し耐えて、我慢して、義務感でも生きてきたことで、今の楽しいこと、嬉しいことがある…。

そう思うと、一時期本当につらかったけど、無理やりにでも生きてみてよかったって、今では心から思います。

コメント

  1. 丸山清美 より:

    死にたいって毎日思ってます。でも借金があったり、親に迷惑かけるとか考えると死ねません。
    裕福になれば死にたいなんて思わないのかもしれません。
    でもそんなこと今すぐには無理です。
    本当に今すぐにでも死にたいです。

  2. マリ より:

    いつも自殺願望があります。死んだら楽になれるのにと思いながら60代に突入しました。この頃は早くお迎えが来ないかなーなんて思いながら生きています。youさんの気持ちがすごくわかります。楽しそうに生きている人がほとんどに思えます。一生死にたいと思いながらの人生は虚しすぎますね。