同じことを繰り返す…運命は決まってる?予言…実は矛盾ばかりだった

運命は決まってる?

本当に運命は決まっているのだろうか…

私の場合…

「いつも同じことを繰り返している」…

「運命なんだ!」…

あの時も…この時も…

抜け出せない苦しみのループから逃れられない。

きつい…天気が良いのに、空を見上げても、私の目の中はどしゃぶりです。

どんな状況になったって、どんなに逃げたって…

「また同じ!」…変わらずに、繰り返す。

やっぱり、こういう星のもとに生まれてきたんでしょうか…。

運命は決まっているんでしょうか?

You 死なない女ょ
You

同じことを繰り返す…

運命って決まっているように思ってるYouです。

一緒に生きるんジャー
Sumairu

Youさんは、予言…

運命決定論って信じますか?

You 死なない女ょ
You

うーん。わからないけど…
でも私の人生…運命ってもう決まってますよ(泣)

運命は決まっている…逃げられない私

砂時計を見つめるハリネズミ

「自分はこうなる運命だったんだ…」とか「未来はそうなる運命だと決まっている…」とか、よく聞く言葉だと思います。

特に、悪いことがあったときに言われたり、思ったりするし、運命という表現を使って、未来のことを考えると悪いことしか思い浮かばなくなってしまいます。

私は、学生時代から、ストーカーのようなことばかり自分の人生の上に同じことが繰り返し起こってきました。

そういうことから、人間不信などの思いが強くなって、やり場のない、逃げようにも逃げられない…そんなやるせない思いや絶望感に、よく”私はこうなる運命だった”って思たことがたくさんあります。

「もう限界!」…思い切って、それこそ逃げるように…上京しましたが、そう簡単に思い通りにはならず、やっぱり次から次へと同じようなことばかりだったんです。

今までを振り返ったり、今現在を見ていくと変わらずに同じことを繰り返していて…泣いてばかりです。

「私の運命は決まっている」…そう思わずにはいられません。

本当に私の人生…“運命”って決まってるんでしょうか?

また、よく予言のようなもので、“すでに運命は決まっている”と、聞きます。

「アガスティアの葉」とか「ノストラダムスの大予言」とか、世の中には、たくさんあるけど…こうした“予言”についてどのように考えていけばいいのでしょうか?

運命は決まっている…4つの予言について

一緒に生きるんジャー
Sumairu

運命とは最初から決まっているのかどうか…

まずは予言について説明します。

「アガスティアの葉」も「ノストラダムスの大予言」も、どちらも人間の運命が最初から全部決まっている…というものですが、このような考え方を”運命決定論”といいます。

アガスティアの葉

まず、アガスティアの葉とは、昔、インドにアガスティアという聖者がいて、世の中に生まれてくる一人ひとりの運命を予言し、それを葉っぱに古代タルミ語で書き記した…それが五千年を経た今日まで伝わっている、という話です。

そして、それを読むことのできる翻訳者が、今日、インドにいて、自分の運命を知りたい人が訪ねていくと、その人のことが書かれている葉っぱを取り出してきて、現代の言葉に翻訳して読み上げるんだそうです。そこには、依頼者のそれまでの人生に起こったこと、さらい死ぬまでのことが全て予言されている…というのです。

ちなみに、五千年前からこの世に生まれてきた世界中の人間となれば、かなり膨大な人数となってしまい、その人数分の予言を書いた葉などあるはずがない、ということになりますが、誰が予言を聞きたくて訪ねてくるかも、じつは五千年前からわかっており、“アガスティアの葉”というは、訪ねてくる人の分だけが用意されている、というのです。

この話が日本で有名になったのは、ある日本人が“アガスティアの葉”の存在を知って、インドまで行って確かめたところ、自分の両親のことや自分が生まれてから今日に至るまでのことが、細かく書かれていたというのです。自分のことが五千年前も前に記されていたといって驚いたその人は、そのことを本に書いて紹介したんです。

そこからブームとなり、多くの日本人がインドに行くようになり、また、行けない人にために代行サービスを行う会社まででてきたようです。

ここで疑問となってくるのは、五千年も前に、それ以降に生まれてくる一人ひとりについて予言しておく、などということが可能なのか、そして、それは本当に当たっているのか、ということです。

この予言の特徴は、“一人ひとりの運命が五千年も前からすべて決まっており、それがあらかじめ予言されていた”という点です。

ノストラダムスの大予言

同じような話として、有名な“ノストラダムスの大予言”というものがあります。

これは、世の中の運命がすべて決まっていて、それがノストラダムスによって予言されている、という話です。その予言の中で最も有名なのが、「1999年の7月に、空から恐怖の大王が降ってきて人類は滅亡する」というものでした。

日本でも、『ノストラダムスの大予言』という本が出版され、話題になり、1999年が近づくにつれて大騒ぎとなりました。

アカシックレコード

それから、“アカシックレコード”というのもあります。

このアカシックレコードというのは、この宇宙の起こりから終末に至るまで…そのすべてのことが、あらかじめ書かれていて、そのアカシックレコードに予言者と呼ばれている人が精神のチャンネルを合わせて覗くそうです。

そうすると、一人一人の運命がすべてわかってしまう…というものです。

なかなか名前の知れた有名な予言者のお話です。

マヤ文明の予言

また、「2012年に人類が滅亡する」という予言が話題になったこともあります。

これは、古代マヤ文明において、2012年12月21日に人類が滅亡するということが予言されていた、というものです。

このことは、映画にもなりましたが、一時はインターネット上でも大騒ぎになって、航空宇宙局が、この問題に対応するサイトまで開設したほどです。

共通点

今まで、いくつかお話をしましたが、いずれにも共通している点があります。

それは、一人ひとりの運命…人類の運命…地球の運命…すべてが最初から決まっていた…という点です。

そして、それを予言したものが、たとえば“アガスティアの葉”であり、“ノストラダムスの大予言”である。また、あるいは“アカシックレコード”であり、“マヤ文明の予言”である、ということです。

一緒に生きるんジャー
Sumairu

こうした予言をどう捉えていけばいいのか…

運命決定論について次にお話をします!

矛盾点ばかりの運命決定論

最初にもお伝えしました。

運命決定論

人間の運命…世の中の運命…地球の運命…そのすべての運命が最初から決まっている、とする考え方を「運命決定論」といいます。

この運命決定論は、物事の運命がすべて最初から決まっている…というものです。

たとえば、道を歩いているときに、右に行くか左に行くかという場面になったとします。

迷いながら、一生懸命に考えて、自分で選んで、右に行く…と決めたとしても、それさえも、最初から右を選ぶことが決まっていたのだ、という具合です。

また、Aさんが努力して大学に入ったことも、また、Bさんが努力したのに進学できなかったことも、すべて最初から決まっている通りになった…そう言っていることにもなります。

しかし、こうした…この「運命決定論」なんですが、“原因と結果”ということから考えていった場合、どうしても矛盾点ばかりが見えてきてしまうのです。

矛盾

まず、世の中の物事は、すべて原因があって結果が生じます。

原因がなければ、結果は生じませんし、結果があるということは、必ず原因があります。

ですから、どのような原因を作ったかによって、将来の結果というものが決まってくるわけです。

ですから、現時点において…

どのような原因が作られているか…

自分がどのような原因を作ってきたか…

それを知ることができれば、将来に現われてくる結果…というものも、ある程度は知ることができてしまうのです。

さて、ここで、重要なことは、原因があって結果が生じる…

とはいっても、そこの新たな原因が積み重ねられることによって、その都度、その結果というものが、どんどん変わっていく…ということなんです。

自分が良いことをするか、悪いことをするか…

どのような判断をして、どのような行動をするか…

そうした、そのときそのときの原因が積み重なって、原因が変わっていけば、それに伴って未来に現われてくる結果ももちろん変わるんです。

ですから、現在の原因によって将来の結果を知ることができるんですが、あくまでも“ある程度”なんです。

人相や手相、天体の運行などを通じて、現在までにできている原因を知って、将来の大まかな結果を予測する人もいます。

また、世の中には、特殊な能力によって、未来の出来事の一部を予知する人もいます。

誤解しないでいただきたいのですが、そうした、いわるゆる“予言”というものを、すべて「ありえない」と否定するわけでは、もちろんありません。

しかし、遠い未来のことまで、すべてを確定している未来として予言することは、誰にもできない…ということなんです。

それを予言するということは、最初からすべて決まっていた…ということになるわけですが…

そうだとすれば、それは、いつ、どこで、どのように定まったのか…

それが定まった原因はなんだったのか…

ということが、はっきりしていなくては、誰であっても信じていい…とは言い難いのではないかと思います。

ところが、運命決定論では、この点についても、最初から決まっていた…と言います。

運命が決まったとする…その結果に対しての原因…その原因はない…

ということですから、“原因と結果”ということが、途中で断たれてしまっているのです。

“原因と結果”ということは、いきなり結果だけ現れたり、途中で原因が途絶えたりはしない…永遠に続いていくのは、この世の中の道理です。

そういうところからみてみると、世の中の運命や一人ひとりの運命が最初から決まっていて、それを予言した…という話は、やっぱり、原因不明…矛盾点の多い根拠のないもの…ということなんですね(^^)

運命は決定してない

現実、1999年も、2012年も過ぎて、様々なことが起こってはきてはいますが、私たちはみな生きています。

しかしながら、不況が続き、犯罪も多発して世の中が乱れてくると、先行きが不安になって、これからの自分の人生がどうなるのか知りたい…と考えてしまいがちです。

また、そうした世情に乗じて、悪質な商売をしようとする人も年々、増えています。

そうしたことが背景にあって、「運命決定論」といった様々な“予言”といったものが、常に世の中に発生してしまっているのではないでしょうか…?

Youさんも、とても傷ついて、苦しいことや怖いことがたくさんあったと思うんです。

そして、同じようなことばかりが起こってきているように思えて…

「今までもこうなる運命で、これからもそうなる運命だ」と不安になってしまって。

でも、“原因と結果”という道理から考えてみれば、誰であっても最初から運命は決まってはいない…

今までも、これからの未来も、けっして、決定している運命なんかない…

声を大にして叫びます!

心配しないで、一緒に生きていきましょう(^^)

まとめ

私にいつも同じようなことが起こるのは、“私”という人間が変わらなかったからだったんです。

なにか悩みや問題が起こっても、「なんで…」「どうして…」そう思うだけで、“どうしたら解決できるのか”なんて、考えたこともありませんでした。

ストーカーや付きまとい…人生の中で何度もあったけど、自分にも原因がある…なんて考えもしませんでした。

むしろ、「私は悪くない!相手が悪い!」って。

だから、いつも同じようなことばかり起こり続けていんです。

もちろん、悪くないこともあるとは思いますが、今は、自分にも原因があったんだって思います。

“原因が変われば結果が変わる”…自分自身が変わることで、悩みや問題が解決していく。

自分の望む未来にも変えていける…それって、私にとってすごい発見でした。

今の私が変わっていくこと、前に進んでいこうとすることで、今この瞬間も、未来は変わっていってるんです。

死にたい…消えたい…そんな私は、未来にはいない…今はそう信じています。

コメント